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笠石神社
笠石神社
大田原市に有る「笠石神社」です。
国道294号線を通る時に、国宝の「那須国造碑」(なすのくにのみやつこのひ)が
有るり気になっていたので寄って来ました。
国宝の拝観をお願いすると約20分間解説が有りました。
2010年指定分の国宝は1082件(建造物216件、美術工芸品866件)有って
古文書に分類されるそうです。(撮影禁止)
国造(くにのみやつこ)とは郡長のことで、この国造碑は当時の郡長の功績を称えた
文の書いてあるお墓だそうです。
那須国造碑とは古碑(飛鳥時代)で、国宝に指定されている。
書道史の上から多賀城碑、多胡碑と並ぶ日本三大古碑の1つとされる。
碑身と笠石は花崗岩で、19字×8行=152字の碑文が刻まれている。
(案内板)
 この碑は、今から約1300年前(西暦700年)、那須国造であった那須直韋提の遺徳をたたえるため、
その息子意斯麻呂らによって建立された碑です。文字の刻まれた碑の上に笠状の石を載せた特異な形を
していることから、この地域では「笠石さま」とも呼ばれています。
碑には、八行に各十九字ずつの計百五十二字が刻まれており、その書体には中国の六朝時代の書風が
感じられます。
また、碑文冒頭には「永昌」という唐の則天武后の時代に使用された年号が用いられているなど、
その当時に朝鮮半島の新羅から渡来してきた人々の影響が色濃く残されています。
この碑の保存には、江戸時代の水戸藩主、徳川光圀も関わっています。永井間倒れ埋もれていたこの碑を、
旅の僧が発見し、馬頭村小口郷(旧馬頭町)の里正、大金重貞に話したところ、やがてその地域を領地
としていた徳川光圀のもとへこの碑の話が伝えられました。
そして、この碑が貴重なものであることがわかったことから、元禄四年(1691)碑堂を建立して、
碑を安置しました。これが、現在の笠石神社となっています。
なお、多賀城碑(宮城県)・多胡碑(群馬県)とともに日本三古碑として知られています。

祭神:那須国造直韋提(くにのみやつこあたへいで)
拝観料:500円
住所:栃木県大田原市湯津上430
(撮影:2012年1月15日)
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